須浪隆貴さん|伝統と、今の両方に、しっかり足をつけています



Gem Profile

須浪隆貴

Ryuki Sunami


1993年 岡山県倉敷市 生まれ。

岡山県倉敷市在住。


子どもの頃から、もの作りが好きで、いかご(いぐさの籠)を綯う祖母を手伝うのも自然な日常。高校時代から皮や布で靴や洋服を作り、岡山市内のデザイン学校卒業後、自らもいかご制作に取り組む。

産地の綯いと、自らの綯いを取り混ぜた多彩なイカゴを、1886(明治19)年創業の須浪亨商店5代目として制作。

 

岡山との関係

岡山県倉敷市に生まれ、在住しています。

 

この人を紹介したいマイナー(=採掘者)

紹介者 柳沢 秀行 公益財団法人 大原美術館 学芸統括



マイナーからひとこと

伝統と今の両方にしっかり足をつけています

かつて、倉敷市や早島町は、い草の大産地であり、畳表やゴザの生産でにぎわっていました。

各種のかごなども、当たり前のように人々の日常生活を支えていましたが、須浪さんは、そんな産地の編み方を受け継ぐと共に、自分自身の綯い方も作り上げて、21世紀の世の中に素敵ないかご(い草の籠)を送り続けています。



マイナーが質問してみた!

なぜ「いかご」の制作を始めたのですか?

須浪:倉敷市から早島町にかけての地域は、江戸時代からいぐさの大産地。明治以降も、い草による畳表やゴザが多数制作されていました。

須浪亨商店も私の父の代までゴザを商いとしていましたが、その父の急逝を受け、祖母が、近隣では当たり前のように生産していたいかご(い草の籠)を制作して生活の資とし始めました。

そんな環境で幼少期を過ごしたため、自然と編み方を覚えました。


おばあちゃんに教わった綯い方 、自分で編み出した綯い方。それぞれの種類はどのくらい。イカゴの形も何種類?

須浪:おばあちゃんの綯い方は2パターンほど。自分で考えたのも、3~4パターン。でもその綯い方を組み合わせれば、様々な形が作れるので、完成形はオリジナルが多数あります。                          初めて取り組む形の場合、自分なりに完成形をイメージして手を動かすけれど、およそ形になったところから、素材の癖が生み出すラインなども考慮してアレンジの上で完成させていきます。

時には異素材で出来た既存のバックの形を、そのまま再現することを試みるなど、新しい形を柔軟に求めますが、やはり最終的には、いぐさならではの姿が生み出されます。


これからの「いかご」は?

須浪:いかごを作り上げるためには、いぐさの確保、綯う以前に縄に編む作業、色を付けるとなればその染色と、素材調達、そして複数の分業工程があります。

自身が素直に生み出してゆくいかごのレベルを上げると共に、こうしたいかごを支える関係性のあり方を丁寧に整えることも大切だと考えています。

伝統的な形を再生産するだけでもなく、オリジナルの創出に急き立てられるでもなく、そのバランスを絶妙にとりながら、たんたんといかごが生まれてくる、そのペースがなによりの魅力です。


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掲載日:2022年5月24日

記事の情報は掲載時点のものです。