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岡田 毅志さん|「‟アートの力‟と‟心の触れ合い‟」による若者や子供の成長支援者



Gem Profile

岡田毅志

Takeshi Okada


1967年 兵庫県宝塚市 生まれ。

京都府京都市在住。


「アートとは自分と現代社会との接点に、あるタイミングで必然と現れる」との考えから、作品制作、美術教育、アートマネージメントなどを並列して実践している。

 

岡山との関係

NPOハート・アート・岡山(現:ハートアートリンク)の活動にアーティストベースで多数参加

 

この人を紹介したいマイナー(=採掘者)

紹介者 池上 眞平

社会への恩返しをすべく、はじめ塾etcの複数の団体に所属。

総社アートハウス(私の生家)をアーティストや地元の皆様に開放。 元富士フイルム取締役 研究開発担当。現在の肩書は‟自由人‟。



マイナーからひとこと


「‟アートの力” と ‟心の触れ合い”」による若者や子供の成長支援者

10数年前に、NPOハートアートリンクの活動を通じて岡田さんとの出会い、総社市門田にある小生の生家「池上秦川邸」で活動をされていた。40年間、企業の中で仕事をしてきた私にとって、彼の「純粋で温かい心」と「自由奔放な好奇心」は新鮮な驚きだった。

「アートの力」を社会貢献に活用する彼の様子が、リタイア後に社会貢献しようとしている私の背中を押してくれた。



マイナーが質問してみた!

ワークショップで自閉症の子ども達が岡田さんに対して心を開く様子をみて、「アートの力」という一般的な言葉では語れないことがある、と感銘いたしました。その他にも子ども達を対象とするワークショップを各地で実施なさっていますが、岡田さんご自身が工夫していることや、秘訣などをお教えて下さい。

岡田:「とにかく自分を空っぽにしてみること、全てを一度受け入れてみること、完全なる受け身」ですかね。ひょっとしたら自分が受け止められる限界を超えてしまうかもしれない・・・と、初めは身構えていたのですが、途中から「自分が空になればそもそも限界がない。こっちは空っぽなんでね」と思うようになりました。いい意味の開き直り、諦めみたいな感覚ですかね。結果として窮地に陥る事がしばしばですが、そこで初めて「次どうするか?」の出発点が見つかります。


岡田さんがアーティストの道を選択なさったきっかけをお教え下さい。また、岡田さんの幅広い活動における教育方針についてもお教え下さい。

岡田:きっかけには、はっきりとしたターニングポイントはなく、多くの機会がグラデーション的に重なって「こっちの方向性だよな」になる感覚です。だから現在も変わりつつあります。改めて思えば1990年代に芸大のノリの延長みたいに作品制作を続けた頃や、展示だけでなくそのあり方を含めたアートプロジェクトに参加したり、ダンサー、音楽家など異分野とのコラボをしたり、隠岐島の人々とアート的な活動を続けたり、があります。

教育方針に差はないですかね。個別のメソッドは存在しますが全て個別にカスタマイズです。


鑑賞者の感動を呼ぶ作品を制作するアーティストとして、平凡な目標以外の目標を設定なさったきっかけをお教え下さい。

何かを決めるときに「嘘をついていないか?」と自問する感覚が常にあります。それがどうしても気になって「嘘をつかない」を選び続けると、今の状態になってしまうんですね。これは個人差というか性分のようなものだと思います。僕がアーティストとして人と関わるという生き方になってきたのは、おっしゃる「社会」がそう仕向けているとも言えますね。

アートが果たせる役割を考えるならば「すべての人に性分がある」を形にしていく事でしょうか。個人の性分に嘘をつかずに暮らすと効率は悪くなるのが普通ですね。


活動の様子

関連リンク

 

掲載日:2022年5月24日

記事の情報は掲載時点のものです。

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